KOBE MEISTER

洋菓子/福原 光男

昭和30年生 西区在住

勤務先:(有)リッチフィールド

焼き方と材料に手法を凝らし、独自のしっとりバウムクーヘンを生み出した。

有馬温泉とのコラボで新しい伝統の創造にも意欲。技術の継承こそが自分の存在価値と胆に銘じて、寸暇を惜しんでの活動を展開。

洋菓子の命となる窯の温度を調整する福原さん 神戸市西部の閑静な環境の中に佇む「リッチフィールド」は、バウムクーヘンを模したお菓子の館。バウムクーヘンといえばドイツ菓子だが、福原さんが生み出したのは日本人好みのバウムクーヘンだ。
 父は東須磨の洋菓子店「ボックサン」の創業者。福原さんも大学卒業後、兄と共に家業を手伝うこととなった。日本における洋菓子普及の地、神戸。そこで伝統を守ってきた父がとりわけ力を入れていたバウムクーヘンを福原さんは好きになれなかったという。「バウムクーヘン作りは単純作業で面白みに欠けますし、熱い窯の前で作業をするのがとにかく苦手でした」。しかし、22年間の同店勤務を経て独立し、リッチフィールドの経営者となったとき、唯一目を背けてきたバウムクーヘンに取り組むことを決意。従来の製法をアレンジして、福原さんなりに創意工夫を凝らし、独特のバウムクーヘンを作り上げた。その秘訣は、お手製のローマジパンにある。マジパンとは挽いたアーモンドに砂糖などを混ぜて練ったもので、ローマジパンはマジパンよりも混ぜる砂糖を減らしたもの。福原さん独自の配合で作られたローマジパンを材料に加えることでしっとり感が高まり、通常のものとは全く食感の異なるバウムクーヘンが完成するのだ。高密度の生地はノド越しがよく、「飲み物の要らないバウムクーヘン」と評価されるに至った。西神地域の本店をはじめ、名谷や学園都市に出店したときにも、オリジナルのバウムクーヘンが注目を集めて人気を博し、「日本の年輪菓子」として定着した。ふんわり優しい口溶けで、周りに少し溶けかかったフォンダンがコーティングされた「リッチフィールドの樹」は今や看板商品となっている。
 彼一流の創意工夫はとどまるところを知らず、「ふわりたまご」という興味深い洋菓子も世に送り出した。ふわっとした卵スポンジに、バニラビーンズをふんだんに使ったムースを挟み、中心にはアクセントとなるキャラメルが絞り込まれている。さりげない甘さと、とろけるような舌触りで、ケーキ通はもちろんケーキにいまいち関心がなかった男性層をも唸らせた。さらに、彼の探究心は有馬温泉にも行き着いた。金泉に含まれる塩分を取り入れた菓子「乳ミルクAN」を開発し、有馬の新しい特産品として仕掛ける。「伝統にあぐらをかくのではなく、新しい時代の試みが次の時代へのステップとなることを願って改良を続けています」。
厚生大臣賞・連合会会長賞を受賞した福原さんのケーキ 彼の探究心に刺激を受けた社員たちの研究熱心さにも頭が下がる。自己研鑽のあまり、作業は深夜にまで及ぶこともある。社員が安心して技術を磨けるよう設備の充実をはかり、安全面にも福原さんは気を配っている。大切なのは社員それぞれが目標を実現出来るための環境作りだと考え、社員の宿泊スペースにはベッドだけでなく、お風呂やドレッサーまで完備した。彼自身が数々のコンクールで受賞を重ねたのと同様に、社員たちも全国コンクールで優秀な成績を収め、その実績も枚挙に暇がない。また、お菓子作りは地域作りと心得て、定期的に周辺の高齢者施設や児童施設を訪れ、お菓子をプレゼントするボランティア活動にも力を入れている。「洋菓子を通じての社会貢献が使命と心得ています」。東日本大震災の被災地にも若い社員たちと共におもむき、バウムクーヘンになぞらえて植林活動をするなど、『菓子づくりは地域づくり』を徹底して実践する福原さんだ。

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