KOBE MEISTER

建築塗装/木ノ下 俊男

昭和11年生 垂水区在住

勤務先:(株)木下塗装店

小学校3年生で終戦を迎え、その6年後に中学を卒業する時、「行くところがなくて、たまたま建築塗装の修行に入りました」と語る。

色々に塗り分けて、建物にいのちを

木ノ下 俊男さん 毎朝6時に西舞子の家を出て、新開地まで通ったが、25歳のころには年上の職人を18名ほど率いて責任ある立場となっていた。 30歳で独立。不本意で入った道ながら才覚が事業を伸ばしてくれた。株式会社を設立し、20名近い社員を抱え、業界の指導者としてめざましい働きもして今日を迎えた。 「無我夢中で働いた間には、塗料も色々変わりましたよ」と振り返る。「昔は自然な調合ペイントだったのが、昭和40年ごろから石油製品に変わり、今は合成樹脂系のペイントになっています」。
 住宅、ビル、工場など建築現場に応じた塗料を用意し、配色のバランスを考え、限られた工期の間に作業を終える。最近の建物に多い吹付けタイル仕上げは、外壁塗装の下地調整に優れた能力を発揮する。「下地調整をいかにうまく仕上げるかによって仕上がり具合が決まります」そのために自ら早く安価に出来る下地調整法を考案した。
 これまでの工事で特に印象に残っているのは海星女学院、日生ビル、摩耶山天上寺、淡路七福神の神社など。「外装、内装によっても、材質によっても塗料の吟味から発色の具合まで神経こまやかに進めていかねば、いい加減な出来具合になってしまいます。塗ればおしまいという単純なものではありません」
 神戸の顔ともいうべき重要文化財の異人館塗装改修工事では、幾重にも重ねられた旧塗膜をノミ、カンナや剥離剤で全面剥離、新設当時の材料や色彩を調査し、みごと改修工事を成し遂げた。「3Kの現場といわれるところでの作業は苦しいものですが、建物がいきいきとした姿を見せるあの完成時の瞬間の感激はこの仕事にたずさわる者のみの喜びでしょう」。
淡路七福神のお寺の写真 昭和63年から兵庫県職業能力開発協会の委嘱で、建築塗装技能検定・鋼橋塗装検定など検定委員としても活躍のほか、受験生のために学習講習会の講師をつとめてきた。塗装技能士養成にも一役買っている。「やる気のない者に教えても仕方がない、というのが私の信条です。反面、意欲のある人材には積極的に技術を修得するチャンスを与える。「先輩から見習い、自分で考える、そこに成長があると説いています」。仕事を終えて、コレクションの焼きものや壺をながめる時、陶工柿右衛門の発色の苦労のあとに自分のわざの秘訣のヒントを編み出したりもする。もとは心ならずも飛び込んだ業界ではあったが、十分に腕を発揮して半世紀、今では仕事を芸術のレベルにまで高めている木ノ下さんだ。

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