KOBE MEISTER

紳士服 / 稲澤 治徳

昭和14年生 明石市在住

勤務先:(株)柴田音吉商店

日本における近代洋服の発祥とされる英国人・カペル氏のもとで修行を積んだ柴田音吉氏が明治16年に創業という屈指の伝統を誇る柴田音吉商店(現株式会社)の工場長として、ブランドにふさわしい品質が保たれているかどうか、厳しいチェックを行う重要職にあるのが稲澤さんだ。

人格の表現としての服づくり

稲澤 治徳さん  宍粟郡山崎町で、男ばかり5人兄弟の末っ子として生まれた。公務員の父が5歳の時に死亡し、母の手で育てられた。「商人になりたかったんですが、手に職をと近所の人に勧められて山崎の森木洋服店で勉強を始めたのがきっかけです」。 その後、神戸の田中常三郎氏のもとでの修行を経て、同氏の紹介で柴田音吉商店へ。昭和40年、26歳であった。「見習弟子から裁断学校に学び、基礎からファッション、表・裏地の素材など洋服全般についての勉強をしてましたが、やはり、柴田流のやり方があり、さらに色々な技術を身に付けることが出来て洋服づくりの奧の深さを身にしみて実感しましたね」。4年後には職長に抜擢、56年に工場長に就任した。「見て美しく、着て楽な服をというのが基本です」バランスよく、着やすい服づくりをめざし、裁断面では脇幅を極限まで広くとる。また、袖山は低く、袖下は浅く、手を前後に動かせやすいように、独自の工夫をした。また、前身頃の台芯は薄く張りのある毛芯と、もう一枚の増し芯は柔らかく軽いパネル芯地等を選んで、身体にフィットして肩のこらない服を考案した。「オーダーのステイタスというプライドがあるんです。形良く、しかも欠点をカバーして風格を感じさせる洋服に仕立てるための心くばりです」。 稲澤さんの作品「品格と風格で人格を高める洋服」の写真裁断と縫製で、一枚の生地を立体的な服に仕上げる途上でアイロン処理によって生地の特性を活かすテクニックを使ったりもする。「生地には立目と横目があって、それぞれの特性を活かして立体化していくんです」。立目は延びない性質、横目は延びる性質、その特質を活かして使い分ける。それに芯地、裏地、表地が三位一体となって理想の洋服が出来上がる。
 「私たち洋服職人は品格と風格をどのように具体化してその洋服を着てくださる人の人間的価値を高めるかだと思うんですね。人間社会の第一印象はやはり、身なりだと思います。洋服は単なる衣服にとどまらず、着る人の地位と内容をも表現する重要な役割を果たすものです」。この考え方は後進の指導方針にも通用する。全日本洋服技能士会副会長や神戸市のものづくり職人大学の講師など若手技術者を指導する場で必ず、稲澤さんが力説するのは"洋服とは人格の表現である"ということ。その人格づくりのために精進を続ける稲澤さんだ。

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