KOBE MEISTER

革靴 / 中井 松幸

昭和10年生 東灘区在住

 

婦人靴、特にセパレーツ式サンダルなどを得意とする。製甲、底付の工程を一人でこなし、足にあった履きやすい靴を作ることでは定評がある。

夫婦二人三脚の靴人生

中井松幸さん  小学校5年生のころ、母の手伝いでミシンを踏んだ。それが皮靴との出会いだった。中学校に通いながら弟子入り。3年間の修業の後、礼奉公を3ヵ月。師匠の推薦状を手に、三宮の靴店に就職、当時一足当りの手間賃が7~800円のところを1200円もらうほど、腕のよい靴職人になっていた。「21歳で結婚して以来38年間、妻と二人三脚で靴を作り続けてきました。」引っぱりだこで色々な靴店をまわったが、どこでも妻の律子さんが助手として寄り添った。皮靴作りの急所は甲吊り。丸めたり、ふくらませたり、引っぱったり・・・文字通り、あうんの呼吸がものをいう。一足一足、全神経を傾けて手がけた靴は、街で履かれていても自分の作品だとわかる。「どこか不都合なところはないかなと、足もとをのぞき込みながら後をつけて行って、不審な奴と交番に突き出された思い出がありますよ」と苦笑する。持ち込みの刺しゅうを皮になじませておしゃれパンプスに仕上げるのは朝めし前。外反母趾や指を損傷した人など、不利な条件にある人にこそ、センスのよい靴をと、独自の工夫をこらす。例えば外反母趾の場合、甲の二枚張りの革の間にスポンジをはさみ、靴の中敷き革を真ん中で切り替える。中井さんの作品「おしゃれな靴」の写真足が靴の中で滑らないので痛まないうえ、外から見ても外反母趾とわからなくするといった具合。
 たまに釣りザオ一本持って海に出る。針は一本しかつけない。魚を釣ることよりも頭を落ち着かせるのがねらい。「東の革靴、西のケミカルといわれた住吉と新長田の交流で履きだおれのまち神戸の靴をイメージアップしたい。」習い性が顔を出す根っからのプロフェッショナルだ。

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